思えば12年前の今頃、長女が産まれた年の暑い夏。ただ、あまりに平凡な毎日を変えたいという熱い想いを持った28歳の青年がいました。青年は昔から人を喜ばせる事が得意でしたが、これといって特技があるわけでもなく、ましてビジネスの原石となるようなものは何一つ持っていませんでした。だから「平凡な毎日を変える事」は「転職する事」と考え、「独立すること」に置き換えるそんな気持ちは全くありませんでした。
青年は、その年の10月20日中途半端な気持ちで会社を退職しました。退職後は本当にやりたい仕事、本当になりたい自分を探す日々を送りました。数えきれないほどの転職情報・就職情報をチェックして各地で開催される就職フェアや転職フェアを見学に行きました。ところが、どれだけ転職活動をしても満足できません。
ある日「あなたの好きな事やったら?」という妻の後押しでようやく「自分のやりたい事は独立なのだ」と気付きました。 以来半年、青年は食うため、娘のミルク代を稼ぐためだけに毎日、バイトと自分でできる仕事を探す日々を送りました。半年で得た収入は実に20万円。毎月貯金を崩しては繋ぐ日々を送っていたのです。
ある日、何気なく参加したネット通販のセミナーで青年はある人と出会いました。その人は「オリジナルのショッピングカートという仕組みが欲しい」と悩んでいました。その人は一般的なカートシステムという自販機(ただ商品を並べてカートに追加し、売るだけのシステム)ではなく、お客様からの要望をカートに反映させて、その価格を自動的に計算させる仕組みが欲しかったのです。
青年はプログラムの知識は殆どありませんでしたが、見よう見真似で、その人が要求するカートシステムを作りあげ ました。もちろん正常に動作するだけでなく、あらゆる入力などに対応できるものを考えて。開発に掛かった時間はおよそ1ヶ月。それでも、心から満足されるシステムが出来上がった事に、青年もシステム開発を依頼した人も手を取って喜びました。
以来、その仕事が評価されシステム開発 の仕事が次から次へと舞い込んでくるようになりました。12年が経ち青年は、やがて「おっさん」となりましたが当時の「オリジナルなシステムを開発することこそが、クライアントのショップがキラリと光る原石であり、多くのネットショップの役に立ちたい」という気持ちで今もビジネスを続けています。
創業して6年経った頃、社会的にも信頼を築くため法人化して会社の所在地を都心でなく開発環境の整った田舎(岐阜県大垣市のソフトピアジャパン)に移しました。以来6年間、大きな波を受けながらも創業当時からの「オリジナルシステムで喜んで頂く」気持ちを大切に日々開発の仕事を進めています。



